お伊勢参りで日本の伝統を感じてきた私(筆者)。何百年とそびえているのでしょう、一本一本を御神木と呼んでもいいくらいに幹の太い杉が並んでいまして。

鳥居を抜けた先はもう一歩踏み出しただけでも異次元空間とでも言うのでしょうか、緑に覆われた世界は圧巻の一言です。

今でも多くの方が参拝の為に足を運ぶ伊勢神宮。

もちろん、歴史を辿ればもっと昔、それこそ江戸時代からこの場所は神聖な土地として多くの方が参拝されていたんですよね。

名古屋からでも約2時間くらいかかったこの道のりですが、

当時どれだけの時間を掛けて、そしてどれだけの人々がお参りに行ったのでしょうか?

少し歴史を調べてみたので、ご紹介したいと思います。

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まさかの無一文でも旅ができていた!?

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江戸の民は東海道を往く

まずは気になったのが、どれだけの費用が掛かったのか? なにせ私(筆者)達は名古屋から車にて、高速道路を通りながらの道のりでしたが、実際数千円で行くことができますよね。

名古屋までに掛かるお金、宿泊費は別にして。

では、江戸。つまりは今の東京から車もなく徒歩で移動するとどうなるのか? 簡単にお金を見て行くと……

旅費は全額で4,500文ほど

だったそうです。

4,500文。4貫500文となるそうですね。ではその数字が、今でどのくらいの価値になるのか。

当時のかけ蕎麦が一杯16文です。かけ蕎麦なので、500円くらいの感覚でしょうか。もうちょっと安めに300円でもいいでしょう。

これで計算しますと、300円くらいの価値で……

およそ84,300円。

旅費は実に約10万円掛けていたと思っていいでしょう。

東京から三重まで、移動と旅費だけで約10万円。

今だと、そもそも移動中の旅費が存在しないので、たったの数千円。すごい差ですよね。

実はお金が掛からないパターンも?

こうしてみるとお伊勢参りはあまりに庶民的とは言い難く、貧しい人には縁のない物のように感じます。

しかし、実はこれらの旅費を一切払わず、無一文でも旅ができたのだそうです。

調べてみますと、当時お伊勢参りをする人というのは、目印に柄杓を持っていたそうです。これを持っていると、周りの人から、

「ああ、この人は今からお伊勢様へ参りに行くのだな」

と認識され、道中の食べ物や宿を提供してもらえたのだそうですよ。

お伊勢参りする人を、国中の人が応援していたのです。

こうした風習はお伊勢参りに行かない人たちも、旅の人に親切をする事で自分達の功徳も高まるのだと信じられていたからなのだそうですね。

無銭の人達はもちろん、柄杓さえつけていれば、犬や猫でさえお伊勢参りに行けたと言われる時代なのです。実際に、お伊勢参りに行って帰って来た忠犬のお話しもあるのだとか。

この時代を知ることができる動画があるかなと見ていると、某航空会社のCMなど見つかったのですが、それはさておきまして、伝統を肌に感じられるお伊勢参り。興味があれば、現代でも一度は行ってみて頂きたいものです。

▼お伊勢参りと旅行

具体的にどれだけ時間が掛かったの?

その期間は約2週間以上

具体的にどの程度日数を掛けていたのか?

もちろん、現代みたいに車で走る事もできなければ、一般庶民が馬を走らせるなんてとんでもありません。

徒歩です。

歩いてどのくらいかかるかと言いますと、およそ15日の間、東海道を歩いて伊勢へと向かったのだそうです。

2週間以上もぶっ続けで歩き通すなんて、考えただけでも膝が笑ってしまいそうですよね。

ちなみに、上で紹介した全額を見て貰えばわかりますが、当時の一泊がおよそ300文程度で、1日に掛かるお金がだいたい500文くらいになったそうですよ。

本当に旅の間は歩き通すだけだったのか

2週間以上歩きっぱなし……そもそもお伊勢参りが神聖なものです。娯楽を求めるものではなかったですし、江戸時代だと思えば不思議はないのでしょうか。

持ち物を見ても、お伊勢参りに持っていける物は少なかったと言います。大荷物では歩く事も困難ですしね。

ほとんどの場合は風呂敷に入る程度のもの。せいぜい路銀と着替え、それから整髪料があったのでそれら、程度だったそうです。

ゲームもスマホもないので、現代人から見ると信じられない2週間ですが、それでも……

  • 道中の山や海といった景色が心に残り
  • また見知らぬ土地や旅館での食べ物
  • 同じく旅をする出逢いもあって
  • これがまた違った楽しみがあったみたいですね。

    こうした旅ならではの面白さもあったからこそ、江戸時代にもお伊勢参りが一つのブームになっていたのかもしれません。

    ◎管理人も愛用◎

    クジで決めていた?旅の人数は実は少なかったって本当?

    村を代表して旅へ行く

    江戸ばかりではなく、すこし地方に目を向けてみます。獣道(けものみち)を伝って辿り着く集落のような場所からも、当然、お伊勢参りに行く者はいたのです。

    ただし、村人全員が行けるはずもありませんよね。お金はありませんし、江戸から向かうより過酷な旅にもなったでしょう。

    そこで面白い歴史を見つけたのですが、当時都心部から離れた村々では、

    クジによる代表者を決めて、村の皆でお金を出し合いお伊勢参りに行ってもらっていた

    そうです。

    こちらも無一文で旅が出来ていたお話しの通り、代表者一人でもお伊勢様を参って来れば、村全体の徳が高まるという信仰があったのでしょう。

    ひとつの儀式、そしてお祭りのようなものだったんですね。

    人数もそんなに多くはなかった?

    ここまで見てきたとおり、そもそもお伊勢参りへ行くのはかなりの労力が必要です。

    柄杓を持たないならば……

    旅費が10万円は掛かり、日数も15日以上。

    大変ですよね。

    村からは代表者が選ばれていた通り、一度にお伊勢参りを行う人の数はせいぜい2~3人組であったのだそうです。

    ただ、全国各地からこれだけの人数が毎日参拝に来るとなれば、総数は馬鹿にならないものです。

    一組の人数こそ少ないのが当たり前でしたが、伊勢神宮には連日多くの人々が集まり、今と違って現地についてから神宮へお参りするのも人数待ちの状態であったとか。

    賽銭を入れて手を叩いて終わり、ではなかったのでしょう。長い時は15日掛けてここまで来たのに、さらに15日待たなければならなかったのですよ。

    それだけ、やはり当時のお伊勢参りは神聖であり、多くの人々に必要とされていたみたいですね。

    お伊勢参り≪江戸時代編≫当時掛けた日数や人数 まとめ

    いかがでしたか? 例えば、私(筆者)がお伊勢参りに行った時にもたくさんの参拝客でいっぱいになっていました。お賽銭のための行列も出来ていたほどです。

    ただ、15日間となると本当に途方もなくて、当時の凄まじさを垣間見た思いです。

  • 旅費だけで10万
  • 移動時間が15日
  • 今回はそのように紹介したのですが、おや、改めて見てみるとこれって確か、片道に掛かる費用と時間なのですよね。

    うーん。私には到底真似の出来ないところです。

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